「子持ち管理職さま」が思う育児と仕事(3/3)
「子持ち管理職さま」が思う育児と仕事、これが最後の記事です。
なんだか言いたいことを上手く言えてない気がしますが、そのまとまってない考えも「今の自分」だと思うので、とりあえず公開してみます。
「子持ち様」との共生に必要なこと
色々考えすぎてよく分からなくなってきましたが、結局「子持ち様」とどう共生するのが良いか、私の考えをまとめてみたいと思います。
今こそ自分のことを知ろう
まず、「子持ち様」は自分のキャパと仕事上の野心について、自分にできる範囲がどこまでなのかを客観的に把握しておく必要があるでしょう。
もちろん、育児を理由に仕事の負担を引き受けたくないと言うのは論外(負担のない仕事など無い)ですが、反対に出来もしないチャレンジをしようと言うのもダメだと思います。
上司や同僚が一番困るのは、「やると言ったのにやらない」事によって起こるリスクだと思います。
「子持ち様」は急に休んだり、予定が狂ったりする確率の高いリスク要因であるのは、これは間違いありません。仕方のない事なので、そういう見え方をしてると言うのは飲み込みましょう。
その上で、上司や同僚に理解を得るには、自分が抱えているリスク(例えば、子供が持病持ちなら、週何回位休むかも、とか。)を明確に理解し、その上で自分が責任を持てる範囲と想定されるリスクを相手に伝えておく事だと思います。
リスク要因として見られている事を後ろめたく思って、あれもこれもチャレンジしなければと思って余計に責任を果たそうとするのも逆効果です。
周囲にとっては、どこまで任せられるかが分かり易いと、仕事も任せられるし、リスクがあることを承知していれば、いざという時の対処も事前に準備ができます。「急に」できないと言われても困るわけですが、見通しが立てられれば、周囲の同僚も安心して働けるのではないでしょうか。
こうすることで、「子持ち様」は自分が同僚や組織に与えるリスクを、自分で最小限にすることができます。
ただ、これは意外と難しいのです。
自分のことを客観視して、過小評価も過大評価もせず、どれだけできるのか、チャレンジできる範囲がどこまでかを理解するには、やはり試行錯誤しながら、時には失敗して周囲に迷惑もかけながらやっていく他ないかなとも思います。
また、失敗を恐れて安全圏で仕事をすると言うのも会社や個人にとって良くないので、無茶を言うのでなければ、そういう前向きなチャレンジや失敗はあってもいいと思います。その寛容さは子持ち様にも会社にもあって欲しいですね。
同情するなら金をくれ?
最近、報道された例として、育休を取得した社員がいる部署の職員には手当金を支給するという会社があるそうです。昼の情報番組でも、「これはいい仕組み」というコメンテーターや専門家の声もありました。
ですが、これは手段としてはアリですが、本当に効果はあるだろうかと疑問に思います。例えば、育休復帰後の手当。繰り返し書いてますが、育児の本番は育休復帰後です。そこへの同僚への手当ては無いわけだし、「子育て世代がいる部署には手当だします」みたいなコストをかけられる会社はないでしょう。あったとしても、業務の負担レベルを上げるリスクが高い「子持ち様」と、そうでない「子持ち様」を客観的に峻別してリスクに応じた手当を払う制度設計は難しいでしょう。
また、お金をもらったとして、心から「育休」や「子持ち様」を受け入れてくれる人は増えるでしょうか。それは、「心」じゃなくて「お金」の問題ですよね。「お金」で解決するというのは、所詮、一時のガス抜きに過ぎない気がします。暫くガス抜き出来たとしても、今度はその手当金が充分な額であるかどうか論争を生み、新たな火種になりかねません。
以上の理由で、私はお金という手段を使って、社会的なレベルで「子持ち様」との共生をはかるというのは、現実的に少し想像しがたいと思っています。
しかし、このアイデアは実はとても良い問題提起をしてくれているとも思います。
「金をくれるなら、同情をくれ」というのもあるんじゃないでしょうか。
同情、というと語弊がありますが、「気持ちの問題」も無視できない言うことです。
「今はこういう時代だから、皆で子育て世代を支えよう!仕事増えても我慢してね!」と号令をかけるだけじゃぁ駄目と言うことです。
当たり前に「子持ち様」以外の人たちがカバーすることを求める(あるいは、子持ち様を支援する)ばかりではなく、カバーしている人たちの仕事や生活の環境についても充実したものになる様に努力する姿勢は少なくとも持ち合わせる必要があると思います。
カバーしてくれる人達にも、それぞれ生活があったり、見えない人生の苦労があったりするはずです。確かに子育ては大変ですが、それだけではないはずです。病気したり、介護したり、あるいはキャリアの為に勉強したり。
「子育ては大変で,それ以外は大変じゃない」みたいな対立構造を作ってしまったら、もうそれは不満の温床になると思います。
究極的には、育児以外の理由でも、「子持ち様」と同じように休みやすい、仕事の融通を効かせやすい仕組みが出来ればいいと考えています。それが一朝一夕では難しければ(というか、難しいでしょうが、、)、少なくとも「子持ち様」以外の同僚達が抱えている事情にも向き合ったり、誰にとっても働きやすい環境を小さなところからでも作る姿勢も持つのが良いのではと思っています。
多様なスタイルに対して制度は弱い
政府や会社といった組織が考える解決策は、どうしても「制度」を作って解決する方向になります。これは組織や社会の運営を考えると、そりゃそうなるのですが、注意しなければいけないのは、子育ては「多様」ということです。
なんとなく、専門家とかワーキングマザーの成功者とかの「声の大きい人(発信力の高い人)」のリードで「子育ての大変さはこういうもの」というイメージが作られている気がするし、それで子育て施策が決まってる気もします。ですが、それこそ可視化されないレベルで多種多様な「子育ての大変さ」があり、どれも「こっちのほうが大変」という事はないと思っています。
そりゃ、シングル家庭や病気やハンディキャップがある場合は明らかに大変だと思いますが、一見順調に見える場合でも「辛い」と思っている人はいます。人によっても感じ方や事情も違うので、「大変だ」と思う気持ちの標準化は難しいという意味で、比べられないと思っています。
例えば、簡単な例でも、働く保育園ママと、専業主婦の幼稚園ママ、どっちが大変って比べられるでしょうか。これは本当に不毛な議論だと思います。一般的には、働くママの方を支援する施策が多いと思いますが、それは「子育て支援」の文脈よりも、実は人材不足等の「経済的側面」の解決を目的に実施されていることが殆どで、「働くママの方が大変だから」という理屈で支援されているのではないと思います。
いずれにせよ、制度を作り始めると、対象や条件が定められ、そういったものは基準を明確にすべき事が求められるので、多様さに対してはどうしても弱さを露呈します。支援が必要なのに、対象外の人はが必ず出てきます。なので、実はあんまり期待出来ないのではと思っています。
もし、何か会社や組織で制度を導入して組織的に解決しようとするならば、「一般論」や専門家と呼ばれる当事者でない人(志がある方には失礼だけど)の声で「大変さの優先順位」をつけたりせず、出来るだけ多様な事情に対応出来るものにするべきでしょう。目に前にいる同僚達の一人一人の事情から作り上げないと、「使えない」と言われるような仕組みになっていくと思います。
世の中に数多ある制度やスローガンがイケてないのは、頭でっかちな育児経験の無いオジサン達が理屈でモノを考えたり、あるいは男性社会を勝ち抜いた元子持ち様のスーパーワーママ達が自分の成功体験だけでモノを考えるからです。
制度に限界があるのなら、制度に頼るのではなく、組織文化とか働く人ひとりひとりのあり様を変えていくとか、別のことも考えた方が良さそうだと思います。
とにかく「一般論」で語るべからず
まとまりがない話、理想論ばかりの話になりましたが、とにかく育児は「一般論」で考えない方が良いと言うことを私の「まとめ」としたいと思います。
それは、育児している当事者もそうだし、子持ち様の同僚達、その管理職や組織もそうです。
物事を解決しようとすると、どうしても一般化しないと事象を簡単に捉えられないです。でも、それをするから仕事と育児の両立が苦しくなったり、「子持ち様」との対立を生んだり、うまく救えない人たちが出てくることを認識して、どうにかもっと良くなるような仕組みを考える事が、「子持ち様」にも管理職にも必要なんだろうと思います。
「何をすればいいか」というアイデアが今あるわけではないけども、少なくともこの一連の記事で書いたことが、今の私(子持ち様であり、管理職)の「育児と仕事」のテーマなんだろうと思っています。
終わりの挨拶
これで、第2子の育児休業中に考えたことをブログにするのはおわりです。
第1子の時からブログを見て頂いている方、ありがとうございました。
また、皆さんのご意見や経験もお聞かせください。では、また。
「子持ち管理職さま」が思う育児と仕事(2/3)
育児休業から復帰して3週間が経過しました。
職場では不在期間の混乱が垣間見え、その回収に奔走し、家では速攻で寝落ちする日々です。体力的には慣れるまで厳しいですね。。
さて、今回は子持ち管理職の私が思っている育児と仕事の話の続きです。
もの凄く長くなってしまったので、あと2回に分けて配信しようと思います。
「子持ち様」(雇われる側)の事情
「子持ち様」にも色んな悩みや事情があります。はじめに強調しておきたいのが、この「悩みや事情」は人によって様々で、私が書くことはあくまで一例に過ぎません。その点は含みおいてください。
「子持ち様」の葛藤
〜私の場合〜
私の場合、やはり「仕事か家庭か」の選択に常に悩んできた気がします。
育休自体は終わりのある休業で、私の場合はせいぜい数ヶ月ですから、実はキャリアに支障はそれほど無いと思っています。
問題は育休終了後の両立フェーズにあります。
かねてから、女性の社会進出を阻む要因の一つとして、「マミートラック」問題が言われてきました。昇進や責任のある仕事をしたいと思っている働くママに、育児や時短を理由にそうした機会が巡ってこないことを指します。
これは、育児に積極的に参加しようとするパパにも類似の脅威があります。
仕事モチベーションは人それぞれなのですが、私の場合は、どうせ仕事するなら、色々な場所に行き、人に会って仕事をしたいですし、自分が自由に仕事をする(自分にしかできないことを仕事にする)ために経験や知識を身につけたいと思うタイプです。
また、昇進(昇給)というのも、これからお金のかかる子どもたちがいる身としては、もはや避けては通れず、むしろ目指さないと将来設計的には心許ない現実もあります。(若い時は正直どうでもよかったけども。)
しかし、育休が終わってからの育児がある意味「本番」なのです。
育児を中心に考えれば、定時で帰りたいし、宿泊を伴うような出張も避けたい。
そうすると、「経験」や「知識」を積むような業務上の機会が自ずと制限されていくことになります。
例えば、宿泊を伴う出張に行く場合は、「自分でないとできない場合」のみ行くことにして、それ以外は行ける人に任せるか、誰かもう1名同行してもらって、子供の体調不良等があった場合に備えることが必要になります。
「自分が行きたいか」どうか、ではなく、「自分しかできないかどうか」という消極的な判断で決めていくことになる。
育児と仕事って、価値の時間軸が全く違って、育児は「今」の価値が一番高くて、仕事は「将来」の価値が高いと思うんです。
育児の場合、今日をどう乗り越えるかを考えるけども、仕事はこの経験や仕事が将来何につながるかを考えますよね。
そうすると、現在価値が高いのは、育児になることが殆どです。だって、将来の価値なんて目に見えないですから。
ただ、私は「育児」に価値観を振り切ってはおらず、育児中心だけどキャリアも積みたいタイプなので、葛藤が常にあります。
仕事のチャンスというのは、いきなり大きなものが巡ってくるものではありません。今つかむべきチャンスか、そうでないか(=今日の育児を乗り越える価値と、将来自分のキャリアに役に立つ価値のどちらが高いか)を毎回選択(計算)するストレスはまぁまぁ高いです。
もちろん、私のわがままを通して、「行きたい」出張にいったことは何度もあります。海外にも一度行かせてもないました。が、常にこの葛藤はありました。
私の場合、中小企業でかつ女性の多い職場ということもあるし、大企業ほど出世レースが厳しいわけでもないので、割と「育児」を中心とする「子持ち様」の主張を通しやすい環境にありました。それでも、こうした葛藤に悩まされてきたし、これからも悩むことになるとおもいます。(いわんや、大企業や男性中心の職場は大変だと思う。)
〜葛藤は人それぞれ〜
私の葛藤を書きましたが、人それぞれなのがこの問題の難しさです。
育児に価値観を振り切る人、私みたいに両方追う人、キャリアを諦めない人。それぞれ悩みが違うというのが「子持ち様」論争を難しくする要因のひとつだとおもいます。
また、誤解を恐れずに言えば、その人の「キャパ」というか「器のデカさ」というか、そういうのも関係してくるとおもいます。たまに、ものすごい体力や精神力で育児もこなしてバリバリ働くパパ・ママも見かけます。同じ24時間じゃないのではと思うくらいです。
彼らからすれば、私なんか、「悩んでる暇あったら、頑張ればいいのに」と思われるかもしれませんが、正直言って、そこまでガッツのないわたしには同じようにはできない。こればっかりは、意志の強さとか、能力とか、そういう個人の力の問題もある。
さらに言えば、置かれた家庭環境(頼れる人が近くにいるかどうか、パパは協力的か等)や子どもの特性(手のかかる子や療育が必要等)というのも関係してくる。
こうなると、ひとつとして「同じ子育て」はなくて、よく描かれる「平均的な子育ての苦労」みたいなものはホントに存在するのかという気になります。
「子持ち様」論争では、あまりイメージで決めつけて語らない方が良いと思います。
これは職場で子育て中の方に対する対応をする際にも肝に銘じておかなければ、「あの人わかってない」、「分かってくれない」になるので要注意だと思います。
次回、子持ち様との共生について私なりに考えたことを書いて、終わりにしたいと思います。